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システム半導体、臨界点を超える挑戦になれ

システム半導体、臨界点を超える挑戦になれ

Posted May. 06, 2019 08:51,   

Updated May. 06, 2019 08:51

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科学用語で臨界点という言葉がある。温度と圧力を高め続けると、物質の性質が異なる状態に変わる瞬間がくるが、それが臨界点だ。臨界点に達すれば、質的変化が起こる。韓国の代表企業も質的変化が起きる瞬間を経験しながら成長してきた。

三星(サムスン)電子は、スマートフォンとDラム半導体を世界で最も多く販売する企業だ。 1969年1月、三星電子工業で出発し、生活家電を作っていた会社が世界最高の会社になるまで、何度も臨界点を超える瞬間があった。1993年、ドイツ・フランクフルトで李健煕(イ・ゴンヒ)会長が「嫁と子供以外はすべて変えろ」と主張した新経営宣言、1995年、品質不良の携帯電話15万台を壊して燃やした「エニーコール火刑式」が代表的だ。ちなみにもう一つ、「警備員、金泳三(キム・ヨンサム)事件」もある。

1997年のとある週末夜、李会長が警備室に電話をかけた。「私、李健煕です」という言葉に、夜間警備員は、いたずら電話だと判断したのか、このように答えた。「あなたが李健煕なら、私は金泳三だ」。李会長はその足で会社に出向き、「金泳三」を呼び出した。「週末の夜は、あなたが会社を代表する人だ。顧客が電話をかけてくる時もそのように応対するのか」というのが、李会長の叱責だった。以降、李会長は、すべての系列会社に対して、顧客サービスのレベルを向上させるよう指示した。

不良率が高い製品を持っては生き残ることができないので、「すべて変えよう」と宣言し、それでも変わらなかったのですでに作られた製品を燃やしたその瞬間、顧客一人一人を大切に接しなければ、いくら良い製品を出しても長く持たないと主張してサービスも世界最高水準に引き上げるべきだと指示したその瞬間はすべて、グローバル三星へと進む道において臨界点を超えた瞬間だった。

現代(ヒョンデ)自動車はどうだろうか。1968年11月1日、初生産品「コルティナ」を出したが、品質が駄目だったので「コピナ(鼻血が出るという意)」と皮肉られた現代自だった。以後地道な技術開発の末、国民車として定着し、世界向け輸出も伸びたが、1998年までは米最高権威であるJDパワーの品質調査では、相変わらず最下位だった。そんな現代自が、今年発表されたJDパワーの2018新車品質調査で、ジェネシスを全体31ブランドのうち1位につかせた。起亜(キア)自のソレントとプライドも、該当車種で1位だった。

わずか20年の間に評価が劇的に変わったのは、現代自も臨界点を超えた瞬間があったからだ。

1998年末、現代自は起亜自を買収した。しかし、カーニバルへの消費者の不満があちこちから聞こえてきた。JDパワーでの最下位で大きな衝撃を受けた鄭夢九(チョン・モング)会長は黙っていられなかった。1999年3月、起亜自動車の役員に、自宅にカーニバルを持って来るように指示した。その1カ月後、鄭会長は起亜自の本社に研究・生産職・役員をすべて呼んで、手に持っていたチョークでスライドドアの上部窓、シート下、ドアの隙間に円をつけながら問題があると指摘した。鄭会長が直接車を運転し、分解してみた結果だった。以後この会議は、毎月1回、鄭会長が主催する品質会議につながった。

先日、三星電子が、今後10年間でなんと133兆ウォンをシステム半導体に投資し、この分野で世界トップになると発表した。この発表の瞬間も、後で振り返ってみると、一つの臨界点を通る瞬間になることを願う。

インテルがパソコン用中央処理装置(CPU)で、クアルコムがスマートフォンやタブレット用アプリケーションプロセッサ(AP)で、非メモリ半導体の圧倒的強者だ。今後第5世代(5G)通信用チップ、モノのインターネット(IoT)、人工知能(AI)の市場が本格的に開かれれば、誰がこの市場の強者になるかは誰も知らない。三星の投資が、しっかり道筋をつけて進むことを、韓国にシステム半導体の生態系が強化されることを、それで韓国がメモリとシステム半導体において共に世界を導く名実共に半導体強国へと生まれ変わることを期待する。


ハ・イムスク記者 artemes@donga.com