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スーザン・ソンタグ、米国の中心で米国を風刺する

スーザン・ソンタグ、米国の中心で米国を風刺する

Posted July. 21, 2007 03:03,   

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エッセイストたちと評論家たちによく見られるように、スーザン・ソンタグ(1933〜2004、写真)も創作に対する情熱がみなぎっていた。『解釈に反対する』『強調すべきもの』など卓越した評論集を通じて「ニューヨーク・インテリ界の女王」と呼ばれたが、彼女は小説家であり続けることを望んだ。

『わたしエトセトラ』は、そのような熱い思いを込めた小説集だ。8編の短編から、この知的な女性が小説創作に対してどれほど情熱的だったか、小説が投影すべき「今、ここ」についていかに深い問題意識を持っていたかが見て取れる。

「人形」は「楽しいことだけを求めて生きたがる」家長が、自分に代わる人形を製作する場面からはじまる。よくできた人形は、男性と同じように朝、子どもたちのほっぺにキスしてあげ、ニューヨークタイムズを読む。業務ファイルに目を通し、タバコを吸い、販売戦略会議に顔を出す。業務のストレスから人形が涙を流すくらいだから、男性はさぞ疲れ果てた人生を生きてきただろう。これからは楽しいことだけを楽しんで生きようと思ったのもつかの間、人形さえ現実がやりきれないと愚痴をこぼす。

ソンタグが注目したのは「美しくない現代の風景」だ。自分の人生を代わって生きてくれる人形を見てはじめて、自分がどれほどつらい生き方をしていたか気づくほど、現代人の生活は荒れ果てている。短編「ベイビー」は、親と精神科医の相談を通じて、「麻薬」をし、親の空気銃を持って出かける米国少年の日常を告発しているように見える。だが、さらに先を読み進むと少年のみならず、子どもとの意思疎通がうまくできない親からより大きな問題を発見することになる。親の一方的な台詞だけで構成された形式を通じ、作家はテーマを明確にしている。

ソンタグの知的な風刺がもっともよく現れた作品は「米国の魂」だ。清教徒的な生活を生きていた「のっぺり顔のお嬢さん」が「淫乱氏」にめぐり合って新しい人生を送るという内容だ。それはもちろん、禁欲と放漫が混合した米国社会に対する象徴だ。「のっぺり顔のお嬢さん」の遺言状に作家の思惟が鮮明ににじみ出ている。「米国よ、あなたに敬意を表したい。とくに、美しくない部分に対して、見てくれは親切で面白いながらも、内面は卑しいあなたとあなたの国民を、私はできるだけ大目に見ようと努力した。私は、私の人生は、あなたの本物の姿を見つけるのに明け暮れた。言い換えれば、私自身を発見するのに」



kimjy@donga.com